3~4年生はのびのびと学校生活を送っていました。

頑張っていますよ!
リーダーシップも発揮して、友だちとも仲良くできて何も問題ないです

面談ではいつもそう言われていました。

学校の勉強も、
ピアノ、モダンバレエ、書き方、そろばんの習い事に加えて、
学校の合唱団にも所属して、朝練・休日の練習と頑張っていました。

4年生の秋~冬、音楽会などのいくつかの学校行事のピアノの伴奏と、
合唱団のピアノの伴奏が増えていきました。
同学年で伴奏するメンバーは決まっていて、サツキを含めて4人います。
選曲も楽譜を選ぶのも、合唱団も同じ音楽の先生(女性)。
どの曲を担当するか毎回オーディションで決まるので、
いくつもの曲を練習していました。
難しい楽譜が配られることが多く、通常のピアノのレッスンに加えて別枠で見ていただきながら、オーディションに臨んでいました。

サツキの希望で、2月から学習塾も始まって、
そこで出される宿題もきちんと済ませ、
出版社の小中学生対象の小説の公募にも応募していました。

学習塾に行くと決めた時に、習い事を整理しようと話しをしていましたが、
どれも辞めたくないと続けていました。

バレエと合唱の発表会(ピアノ伴奏も)を終えて春休みに入るころには、
かなり疲労が溜まっていたようです...
# by yotsuba0623 | 2010-01-09 01:01 | 不登校以前

サツキが3年生になり、メイは幼稚園の年長になりました。
年少、年中と楽しんで登園していたメイ。
友達とも仲良く遊んで、何のトラブルもなく過ごしてきました。

年長最初の行事「お泊まり保育」の数日前から、
「幼稚園に行きたくない」「お泊まりイヤ」と言い始めました。
私はその言葉をしっかり受け止めないまま、当日朝、
嫌がるメイを園のバス停まで連れて行き、無理矢理乗せて送り出しました。

泣いて嫌がっていたメイ...

お昼頃、園から「笑顔が戻っているので大丈夫です」と連絡が入り、
その言葉で、ようやく私の気持ちは落ち着きました。

一晩泊まった次の日、
ホールで席に座った母達の前へ、一列になって入場してくる子供たち。
自分で結った髪が緩かったり、着替えたシャツが出ていても、
皆、誇らしげで良い顔をしていました。
最後の子が入ってきて...あら?メイが居ない...?
歌とダンスを披露してくれますが、
わが子が居ないのでどこを見ていいのか、何が起きたのかもわからず、
ほんの数分でしたが、私にはとても長く感じました。
後で、メイは直前でホールに入るのを嫌がったのだと知りました。

その後から、園バスに乗るのをとても嫌がりました。
サツキが安定したと思ったら、次はメイです。
自転車なら行くと言うので、20分の道のりを送り迎えすることにしました。

毎日、すんなり行くとは限りません。登園渋りはよくありました。

園では、教室で椅子を丸くして先生を囲む集まりの輪の中には入らず、
いつも自分のロッカーの前に立っていたそうです。
ホールでの集まりにも入れず、先生が促してもずっと扉の外に...
お友達とは楽しく遊べるけれど、人の輪の中に入りたがらないメイ。

それは冬がもうすぐ、という頃まで続きました。
# by yotsuba0623 | 2010-01-08 01:01 | 不登校以前
サツキが入学した小学校までは徒歩25分。
マンションのほとんどの子供が通う学校よりも少し遠くなります。
当時、学校選択制度があり、夫と私とサツキで選びました。

入学した翌日から毎日、父が途中の公園まで送り迎えしていました。
連休が明ける頃、サツキはWくんと二人で行きたいと言い出して...
「お父さんが一緒じゃなくても、私、大丈夫だから!」
「サツキがそう言っているなら、そろそろ...」と私も言いましたが、
道中が心配で仕方がない夫は、送迎を続けました。


サツキの様子が変わったのは2学期初日からです。
朝から顔がこわばり緊張しているのがわかります。
何度もトイレに入ります。
「時間に間に合わないだろ!」と怒鳴る父。
ドアを出たと思ったら、カサやハンカチが無いと慌てて戻ってきます。
マンションの下から、父の声が聞こえてきました。
「何で毎回そうなんだ!」

途中、クラスメートに会うと「○○ちゃんと一緒に」と行きかけますが、
泣いて父のところまで戻り、また友達のところへ、でもまた戻る...
それを何度も繰り返すので、また怒鳴る...
学校まで一緒に行き、担任の先生に泣いているサツキを預けることも。

教室では普通に過ごしていました。
帰る時は元気で、放課後は友達とも良く遊んでいました。

毎朝のサツキの様子に、父は苛立っていました。
私が送るから、と言っても聞き入れてはくれません。
緊張の度合いは日によって違いました。父のイライラも同様です。
「オレはもう無理だ。頭がおかしくなりそうだ。送るのをかわってほしい」
そう言ってきたのは、サツキが2年生になった5月末のことでした。


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2007年(サツキ - 小学2年)私のメモから

5/30 行ったり来たり
5/31 鏡を取りに戻る
6/ 1  戻りなし 振り返りながら行った
6/12 車止め手前でバイバイ
6/18 お腹が痛い、遅刻
6/19 髪型がイヤと泣く 
6/20 噴水横
6/23 朝泣く タオルが無いと騒ぐ 長袖カーディガンを取りに戻る
7/ 3 トイレに5回 下に降りてからもトイレと泣く 私も泣きそう
7/ 5  噴水 OK
7/12 噴水 Good!
9/ 3  公園手前
10/18 交番で、やったー!!

このメモは2年生最後の日まで続きます。


サツキが少しでも楽な気持ちで行けますように...
大丈夫、そんなに緊張しなくてもいいのよ...

泣きながら登校する時は、小さいタオルと手鏡を持っていました。
タオルで涙を拭き、鏡で自分の顔をチェックします。
泣き顔がひどい時は「顔がイヤだからゆっくり行く」というように。

「サツキが見えなくなるまでずっといてね。先に帰らないでね」
振り返りながら登校していきました。

少しずつ落ち着いて、別れる場所も手前になってきて...
「ママ、明日から来なくていいよ」と言ってきたのは、
近所の仲良しMちゃんが、同じ小学校に入学したからです。


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抱っこ法の先生に相談
寝る前にサツキを膝に乗せ「今日1日頑張ったね」と抱っこタイム
夜中に突然、泣き叫ぶことも度々
↑夜驚症(やきょうしょう)、分離不安障害をネットや図書館で調べました
# by yotsuba0623 | 2010-01-07 01:01 | 不登校以前