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震災直後、2年生・5年生とも連絡網の回数が増えました。
もう、わが家を外してもらってもといいのに…と、
何度思ったことでしょう。

3学期が終わる…
ふたりは家に…
ただ静かに、時間が流れていくだけでした。


この頃のスケジュール帳は真っ白で、ほんのメモ書き程度。


サツキのメモ --------------------------------------**☆

朝方「胸が苦しい」

夫がサツキに「指をなめるなよ」と注意したことに対して
「お父さんがそうしなければいいだけじゃない!
 私は私がしたいようにするから!!!」

マーマレード作り、
夏みかんの皮を全部切ってくれた。


メイのメモ --------------------------------------**☆

「ママ、明日の夜、9時からお布団の上で遊ぼうね」
メイと戦いごっこ(←相撲のように組んで転がす遊びを喜んでいました)

クラスの文集にのせるのに、何を書こうか。
(2年生の楽しかった思い出の作文と、
 自己紹介のイラストを提出しなくてはなりませんでした。
 作文は嫌がり、イラストだけ提出しました)





春休みになる直前の週末に、友達姉弟がわが家に泊まりに来てくれました。
サツキとメイと幼稚園が一緒でそれぞれ同じ歳、
隣の小学校へ通っています。

夜中までゲームをしたり、枕投げや布団を被ったりして、
ずっと楽しそうでした。

寝る前に、サツキがその友達 Hちゃんに言ったそうです。
「サツキね、学校に行けてないんだ」
Hちゃんはそれを知っていました。
知っていて泊まりに来てくれていました
「ふーん、そうなんだ…」としか返せなかったと...
後で、Hちゃんのお母さんから聞きました。

弟くんのほうは、メイが休んでいることを知りません。
小学2年生どうし、仲良く寝っ転がってDSをしていました。


*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・


Hちゃんとサツキは同じピアノ教室へレッスンへ行っています。
一緒に待ち合わせて行き、交替でレッスンを受け、一緒に帰って来ます。
サツキがやめたいと言った後も、Hちゃんはレッスンに誘いに来てくれました。
数回休んだ後、また一緒に行くようになりました。
レッスンしないでお喋りだけの日が続きました。この時のHちゃんお陰で、
サツキはピアノをやめずに済んだのだと思います。


*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・
修了式の日のメモから


修了式の日の午後、サツキのクラスメートが二人、家に来てくれました。
(お休みが長くなり、友達とも疎遠になってきていたので嬉しかった)
暗くなるまで遊び、夫とサツキが送っていくことになりました。
彼女達のマンションから、少し足を伸ばすと小学校です。

夫「どうだ、行ってみるか?」
サツキ「……うん」

サツキが職員室に入って行くと「お〜!」と、声が上がったのだそうです。
担任の先生から直接、成績表を受け取ることが出来ました。


帰宅途中で、唐揚げを買ってきた夫とサツキ。

「ひとつは頑張ったからサツキのね」
「あとはお母さんが食べて。お母さん、頑張ってるから。
 メイはドアを開けてくれなかったからあげない」
「お父さんは?」
「お父さんとメイは一口ずつだったらいいよ」

.........
by yotsuba0623 | 2011-03-24 23:59 | 不登校中
  
震災のすぐ後に、隣町の不登校の親の会へ行きました。
サツキのピアノの先生が「良かったら一緒に」と、
声をかけて下さったからです。

ピアノの先生は、息子さんが受験して入った中学校で、
いじめをきっかけに不登校になり、1年後に自力で復学させた方です。
不登校後に、クラスの役員を引き受けた気丈な方……
息子さんが復学した後も、この親の会のお手伝いをされているようでした。


会が始まるよりも少し前に先生と待ち合わせをして、
サツキの様子を相談させていただきました。

「もうバレエ、やめる」
「ピアノもやめたい」

と言い始めていたサツキ(→
学校へ行かなくなって3ヶ月。
バレエとピアノは、
家庭以外の人と過ごせる貴重な時間、世間と繋がっていられる細い糸。
わずかな望みをそこに繋いでいました。

それなのに……

どんどん閉じてしまう。
わが娘が外へ出て行かなくなる。

それが不安で仕方ありませんでした。

先生にお会いした時から涙を抑えられず、
サツキがバレエの発表会に出られなかった時の様子をお話しをして、
ピアノを辞めたいと言っていることも伝えました。

「レッスンには来られたらでいいから。練習しなくてもいいの。
 話しをするだけでもいいから気軽に来てとサツキちゃんに伝えて下さいね
 サツキちゃんは大丈夫よ、きっと動く日が来るから!」

そう励まして下さいました。


ひと通りお話した後に、親の会へ……
会が行われるのは市の施設のある一室。

主催されている方々とピアノの先生の他、
参加者は私ともうおひとりだけ。
震災直後でしたから、いつも参加される方はお休みのようでした。
時折、大きく揺れる建物。その度に外を見たり部屋をグルッと見回したり…

その場に居た全員が、自己紹介から、不登校になった経緯、
どのように過ごしたか、今はどうしているかなどをお話し下さいました。

私は自分のことを話したくても、
涙が先に出て来てなかなか言葉にできず、途切れてばかりでしたが、
それでも皆さんは大きく頷きながら聞いて下さいました。

最後に、もうおひとりのお話しが壮絶で、
私よりもずっと辛い状況にいらっしゃるようでした。

不登校を経験した方に、話しを聞いてもらえる安心感。
それぞれ大変な思いをされたのに、
何とかそれぞれの道をみつけておられる……

「ここに、少し通ってみよう」

そう、思いました。
by yotsuba0623 | 2011-03-12 23:59 | 不登校中

私は外出先から帰宅途中、
住宅街を自転車で走っている時に大きな揺れがきました。
慌てて自転車を降り、ミシミシ音をたて大きく揺れている建物を見ながら、
揺れがおさまるのを待ちました。
今まで経験したことがない長く強い地震でした。

夫は既に外出している時間。
家にはサツキとメイ、二人っきりのはず。

5分ほどで帰宅してドアを開けると、二人一緒に駆け寄ってきました。
「怖かったーーー」
でも、怯えている様子はなくてホッとしました。

二人はリビングのテーブルの下に、
ハムスターのゲージをふたつ、並べていました。
その他に、大切にしているものをそれぞれいくつか近くに置いて、
テーブルの下に居たのだと言います。

家の中はいくつか落ちたものがありましたが大丈夫でした。
都心に出る予定だった夫も、取りやめて帰宅しました。


テレビに写し出される光景を、言葉少なに見ている2人……
こうして無事で家にいる。
数日後、放射能の事も心配になりましたが、
登校しないで二人が家にいる。


不登校で良かった……

そう思えたのは、後にも先にもこの一時だけです。


毎晩、寝る前に、メイと一緒にお祈りをしました。
メイのハムスター(サンディ)が、回し車で走っている音を聞きながら……
by yotsuba0623 | 2011-03-11 23:59 | 不登校中


誰も動かない日々、動かそうとしない日々。
不登校安定期……
(当時はそんな言葉を知りませんでしたが)
診療内科で言われた「しばらく休んで良い」
この言葉に、サツキは安心したのだと思います。


読んだ本の中に不登校を高速道路にたとえる話しがありました。
車線を降り、一休みしているのが不登校。
また車線に戻ろうとする時、加速しないと流れには入っていけない。
加速するエネルギーをためる必要があると......
サツキには休む時間が必要なのだと思いました。

大丈夫。少し休んだら学校へ戻れる。
春休み明け?
夏前?
サツキが行き始めたら、きっとメイも動くはず……



DS、Wii、などのゲームはやっていましたが、長時間ではありません。
サツキはパソコンでピグ、ar○shiのコンサートDVDを良くみていました
メイは録画したアニメやドラマを見ながらアイロンビーズ、折り紙。
リビングに居ても、ふたりが一緒に遊ぶことは滅多にありませんでした。

サツキは口数少なく、表情も暗い。
ほとんどをリビングで過ごしていました。
メイはリビングと私の部屋を行ったり来たり。
サツキとケンカになると私の部屋に来て何かを作っていました。


二人とも体調不良を訴えることは無くなっていましたが……



3月最初の日曜日にある、モダンバレエの小さな発表会。
サツキはその日に向けてレッスンしていました。
前々日の夜、サツキの様子が変わりました。
食欲が無く体調も悪そう。
前日のリハーサルは、お腹が痛いと言って不参加に。
当日の朝も同様、腹痛を訴え布団から出て来ないまま、
お休みしてしまいました。

学校へ行けなくなった時と全く同じ。
体調不良も無く上向きと感じていた頃でしたから、
何も変わっていなかったのだと、現実をつきつけられたようでした。

その日の夕方、
「もうバレエ、やめる」
「そうね、みんなに迷惑かけちゃったものね」
「ピアノもやめたいの」
「ピアノまで?」
「うん、もう無理……」

どうしよう、サツキがどんどん閉じていってしまう……


前から声をかけていただいていた不登校の親の会へ、行く事にしました。
by yotsuba0623 | 2011-03-06 23:59 | 不登校中