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予約を入れていた心療内科へ行きました。
最初、サツキだけが先生と話し、その後に私が呼ばれました。

「心療内科の先生が何か手助けできるかもしれないから」
と、前回言われて受診したのですが......


なぜ診療内科へ?
ここは心的要因で頭痛や摂食障害などの症状が出ている人が来るところ。
サツキは体調不良がいろいろと出ていたけれど今は無い。

サツキは本当に学校へ行きたいと考えているか?
自分で「何が嫌」など言えるものではない。
言葉に出せば整理されて学校へ行けると思うかもしれないがそうはならない
このまま心療内科へ通うことにしても始めの一年は話しを聞くだけ。

サツキがここへ来たいという言うならそれも良し。
でも不登校の子は来ないので、親と話しをする事になる。それも良し。

親は山の頂上に向かって真直ぐ行かせたい。
でも、サツキはちょっと待って!こんな急には登れない。
回り道してゆっくり登って行きたい、と言っている。

今はゆっくり休んでいい。
大丈夫、自分で動く日が来るから。


──────── サツキ退席。以下、私だけに。

サツキは春から行けるかもしれない。
半年先かもしれない。
それはわからない。

車道でキャッチボールをする。
親は「危ないからやってはいけない」と言い、
子はある程度の時期まではそれを守る。 でもそのうちに、
「車のいない時ならやってもいいか」とやる。
あるいはやらないことを選ぶ。
キャッチボールしていて、車にぶつけて怖いオヤジに怒られた。
子は自分の判断で動いてどうなるかを経験していくものだ。

──────── 子供は色々な経験をして自立していく、
           という例え話をいくつかして下さいました。


不登校 は13万人いると言われている。
不登校は病気ではない。


「......このまま何も言わないで見守るだけですか?」

私が「そう」と言うと、先生が言ったからそうしよう、となる。
そうではなくて、もうお手上げだよ......な感じ。



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もうお手上げだよ......な感じ。

そう言われるとは思っていませんでした。


言葉を引き出してもらって学校へ行く事に繋がれば......
いっそのこと何か診断がついて、先生の指示を仰ぎながら過ごせたら......
そう思う部分もありました。


やはり親だけで何とかする他にないのか。

でもいったいどうすれば ......?



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帰りの電車で、サツキは
「先生、しばらく休んでいいって言っていたよね?」

「......そうだね、そう言ってたね」

「では、ゆっくり休みます」

少し表情がやわらいだように感じました。
by yotsuba0623 | 2011-02-16 23:58 | 不登校中
    
  
メイ ---------------------------------------***


朝になるとメイの方から「学校行かないから」と言ってきて、
しばらくするとそれも言わなくなりました。

習い事の書き方・そろばん、ピアノは、
泣いて嫌がるのでしばらくお休みする事にしました。

「メイは赤ちゃんだから着替えないの。ずっとパジャマのままでいるの」
そして話し方も幼児のようになっていきました。
トイレに行くときも「一緒に来て」
お風呂も一緒、寝るときも一緒に......

小さい頃、トイレはひとりで行けていたのです。
それが幼稚園や小学校で行き渋る頃、行けなくなっていました。
そして更にこの頃は、
「トイレのドアを開けた前にいて!メイから見えるとこにいてね」
私が用事を済ませるために動いて見えなくなると大騒ぎになりました。

「お母さん、今日遊べる?」
「明日の朝もお母さんに甘えるからね」

......まだまだ安心出来ないのね......
こうして私が側にいて充分安心出来たら離れていけるのだろうと、
思っていました。

友達が遊ぼう!と誘ってくれても出て行かなくなり、
外との関わりが全く無くなりました。



サツキ ---------------------------------------***

12月中頃から休んでいた塾に行きたいと言い始めていました。
普段は全く勉強しなかったので不安になったのだと思います。
塾へ問い合わせてみると、まずは学校へ行けるようになってから、と。
それを伝えると、サツキは残念そう...

ピアノとモダンバレエのレッスンには行っていました。
バレエには同じクラスの子がひとり居て、レッスンに行く前にサツキを迎えに来てくれるようになっていました。
3月にある小さい発表会に向けてレッスンをしていました。

週末は友達2〜3人が家に来たり、一緒に駅方面へ出かけ行き、

自分が飼っているハムスターと一緒に遊びに来てくれた子もいました。
メイも加わって楽しく過ごし、夕飯を一緒に食べているときに......
「ねえサツキ、明日一緒に学校行こうよ!
 待ち合わせしよう!じゃなかったら迎えに来るから!!ねっ!」
サツキは、私を見て力無く笑っていました......

サツキと一緒に過ごした友達は担任の先生に報告してくれていたようでした



夫 ---------------------------------------***

1日のほとんどを自室に籠もっていました。
布団をひいて寝ている日も多かった......

メイがまだ行けている時に
「サツキがこうなったのは俺たちのことと関係あるよね」
そう言って泣いていたことがありました。

私が腰を痛めた時に代わりに一度だけ市の子供相談へ行ってもらった時は
「あの人は何も言ってくれなかった。オレはもう行かない」と......

娘たちが動かなくなって、夫もうずくまってしまいました......



私 ---------------------------------------***

自室でパソコンに向かっていると、涙が出てきます。
メイの足音がすると慌ててそれを拭いました。
ふたりが居るリビングに行くときも、気持ちを切り替えてから、
泣いている姿など見せられないと気丈に振る舞っていました。

腰を痛めた時から、不登校関連の本を取り寄せて読み始めていました。
不登校の考え方はいろいろ......何が正解なのか全くわかりません。


こうなって初めて、回りに不登校を経験した方が多いことがわかりました
「実は高校の時に行けなくてね」と、身近にいた友人二人から聞いて驚き、
「数週間行かなかったらオヤジに殴られ、それから行った」と近所の方。
「息子が受験して入った高校で、いじめをきっかけに行けなくなって...」
そうお話しして下さったのはピアノの先生でした。
「娘二人が幼稚園〜小学校で行きたく無いって言うので長年苦労して、
 そして順調だった息子が高校でうつになって...」...書き方の先生です。
他にも数人、お話しできそうなところには積極的に出かけて行きました。

その中で、息子さんが中学で行けなくなった方は、
毎日辛くて辛くて、ご主人の帰りを待って、仕事で疲れていると分かっていても、今日1日あったことを全部聞いてもらったそうです。
とにかく不安で夜も手を繋いで寝たと......

その方の話しを聞いた時、
私は夫にそれをのぞめない。自分が苦しい事も話せない。相談も出来ない。

私はひとり......孤独を強く感じました。


もっと早くに娘達を連れて家を出るべきだった。
でも、今となってはそれは出来ない。
サツキとメイが学校へ行けるようにならないと!


診療内科で診てもらったら、何か分かるかもしれない。
by yotsuba0623 | 2011-02-12 23:59 | 不登校中

二人の様子を書いていたスケジュール帳、2月はほとんど空欄です。

何時に起きて何時に寝たのか、何をしていたのか...

二人が登校しなくなって、学校への連絡に困りました。
長い間、姉妹が交互に、または一緒に遅刻などしていたので、
間を空けずに近所の子にお願いしてきました。
(前年の11月から、メイがサツキのを持って行っていましたが)
二人が行けなくなると2冊の連絡帳をお願いすることになり、
持って行ってくれた子は二つの教室を回ることになります。

「サボっているやつのものなんか持って行きたくない」

そんな声も聞こえてきて、近所の子にはお願いできなくなりました。


担任の先生のメールアドレスは教えていただけませんでした。
世間で問題になっていたので、納得できましたが...


朝、学校へ連絡を入れると、副校長先生が電話口に、
「5年○組サツキと2年○組メイが...」
この後、泣けてきて声になりません。それでも、
「はい、わかりました!」
と明るく応対して下さる声の後に、
「大丈夫ですよ」
と先生が心の中で言って下さっているのが伝わってきました。

でもやはり、お休みすることを伝える、それがとても苦痛でした。
by yotsuba0623 | 2011-02-10 01:01 | 不登校中