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メイは幼稚園を卒園後、サツキと同じ小学校に入学しました。

Wくんの妹、Yちゃんとふたりで仲良く登下校。
お友達もふえて、毎日が楽しい様子でしたが、
9月の終わりころから、朝、泣くようになりました。
「Yちゃんが走って先に行ってしまうからイヤ」
「ママが一緒なら行く」

......またかと思いながら、一緒に登校しました。
初めの頃は、すんなり私から離れて行きましたが、
その内に教室の前へ行くと涙を流し、入るのを嫌がるようになりました。
担任の先生に手をひいてもらい、ようやく中へ...

「教室に入った後は楽しそうにしています。出来るだけ連れて来て下さい」
先生からは、そう言われていました。
帰る頃には、朝のグズグズがウソのように元気に。


ある日の夕方、メイがマンションの敷地内で遊んでいる時に、
見知らぬ男から声を掛けられ、追いかけられるという事件がおきます。
その頃、同様な事が近所で多くあり、同じ小学校に通う親が交代で、
登下校時の送り迎えをすることになりました。

そのうちにメイは、
「怖いの。毎日ママが来て!おむかえも来て!」
犯人が捕まったらしいとの知らせがあり、そろそろ行かなくてもとなっても
私は一緒に登下校を続けるよりほかにありませんでした。

メイの中の不安が大きくて、自分から「大丈夫」と言ってくるまでは、
仕方がないのだろうと思っていました。

1年生はもうすぐ終わり、というころにようやく落ち着いて、
メイはまたYちゃんと登下校できるようになりました。
by yotsuba0623 | 2010-01-11 01:01 | 不登校以前
   
3~4年生はのびのびと学校生活を送っていました。

頑張っていますよ!
リーダーシップも発揮して、友だちとも仲良くできて何も問題ないです

面談ではいつもそう言われていました。

学校の勉強も、
ピアノ、モダンバレエ、書き方、そろばんの習い事に加えて、
学校の合唱団にも所属して、朝練・休日の練習と頑張っていました。

4年生の秋~冬、音楽会などのいくつかの学校行事のピアノの伴奏と、
合唱団のピアノの伴奏が増えていきました。
同学年で伴奏するメンバーは決まっていて、サツキを含めて4人います。
選曲も楽譜を選ぶのも、合唱団も同じ音楽の先生(女性)。
どの曲を担当するか毎回オーディションで決まるので、
いくつもの曲を練習していました。
難しい楽譜が配られることが多く、通常のピアノのレッスンに加えて別枠で見ていただきながら、オーディションに臨んでいました。

サツキの希望で、2月から学習塾も始まって、
そこで出される宿題もきちんと済ませ、
出版社の小中学生対象の小説の公募にも応募していました。

学習塾に行くと決めた時に、習い事を整理しようと話しをしていましたが、
どれも辞めたくないと続けていました。

バレエと合唱の発表会(ピアノ伴奏も)を終えて春休みに入るころには、
かなり疲労が溜まっていたようです...
by yotsuba0623 | 2010-01-09 01:01 | 不登校以前

サツキが3年生になり、メイは幼稚園の年長になりました。
年少、年中と楽しんで登園していたメイ。
友達とも仲良く遊んで、何のトラブルもなく過ごしてきました。

年長最初の行事「お泊まり保育」の数日前から、
「幼稚園に行きたくない」「お泊まりイヤ」と言い始めました。
私はその言葉をしっかり受け止めないまま、当日朝、
嫌がるメイを園のバス停まで連れて行き、無理矢理乗せて送り出しました。

泣いて嫌がっていたメイ...

お昼頃、園から「笑顔が戻っているので大丈夫です」と連絡が入り、
その言葉で、ようやく私の気持ちは落ち着きました。

一晩泊まった次の日、
ホールで席に座った母達の前へ、一列になって入場してくる子供たち。
自分で結った髪が緩かったり、着替えたシャツが出ていても、
皆、誇らしげで良い顔をしていました。
最後の子が入ってきて...あら?メイが居ない...?
歌とダンスを披露してくれますが、
わが子が居ないのでどこを見ていいのか、何が起きたのかもわからず、
ほんの数分でしたが、私にはとても長く感じました。
後で、メイは直前でホールに入るのを嫌がったのだと知りました。

その後から、園バスに乗るのをとても嫌がりました。
サツキが安定したと思ったら、次はメイです。
自転車なら行くと言うので、20分の道のりを送り迎えすることにしました。

毎日、すんなり行くとは限りません。登園渋りはよくありました。

園では、教室で椅子を丸くして先生を囲む集まりの輪の中には入らず、
いつも自分のロッカーの前に立っていたそうです。
ホールでの集まりにも入れず、先生が促してもずっと扉の外に...
お友達とは楽しく遊べるけれど、人の輪の中に入りたがらないメイ。

それは冬がもうすぐ、という頃まで続きました。
by yotsuba0623 | 2010-01-08 01:01 | 不登校以前
サツキが入学した小学校までは徒歩25分。
マンションのほとんどの子供が通う学校よりも少し遠くなります。
当時、学校選択制度があり、夫と私とサツキで選びました。

入学した翌日から毎日、父が途中の公園まで送り迎えしていました。
連休が明ける頃、サツキはWくんと二人で行きたいと言い出して...
「お父さんが一緒じゃなくても、私、大丈夫だから!」
「サツキがそう言っているなら、そろそろ...」と私も言いましたが、
道中が心配で仕方がない夫は、送迎を続けました。


サツキの様子が変わったのは2学期初日からです。
朝から顔がこわばり緊張しているのがわかります。
何度もトイレに入ります。
「時間に間に合わないだろ!」と怒鳴る父。
ドアを出たと思ったら、カサやハンカチが無いと慌てて戻ってきます。
マンションの下から、父の声が聞こえてきました。
「何で毎回そうなんだ!」

途中、クラスメートに会うと「○○ちゃんと一緒に」と行きかけますが、
泣いて父のところまで戻り、また友達のところへ、でもまた戻る...
それを何度も繰り返すので、また怒鳴る...
学校まで一緒に行き、担任の先生に泣いているサツキを預けることも。

教室では普通に過ごしていました。
帰る時は元気で、放課後は友達とも良く遊んでいました。

毎朝のサツキの様子に、父は苛立っていました。
私が送るから、と言っても聞き入れてはくれません。
緊張の度合いは日によって違いました。父のイライラも同様です。
「オレはもう無理だ。頭がおかしくなりそうだ。送るのをかわってほしい」
そう言ってきたのは、サツキが2年生になった5月末のことでした。


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2007年(サツキ - 小学2年)私のメモから

5/30 行ったり来たり
5/31 鏡を取りに戻る
6/ 1  戻りなし 振り返りながら行った
6/12 車止め手前でバイバイ
6/18 お腹が痛い、遅刻
6/19 髪型がイヤと泣く 
6/20 噴水横
6/23 朝泣く タオルが無いと騒ぐ 長袖カーディガンを取りに戻る
7/ 3 トイレに5回 下に降りてからもトイレと泣く 私も泣きそう
7/ 5  噴水 OK
7/12 噴水 Good!
9/ 3  公園手前
10/18 交番で、やったー!!

このメモは2年生最後の日まで続きます。


サツキが少しでも楽な気持ちで行けますように...
大丈夫、そんなに緊張しなくてもいいのよ...

泣きながら登校する時は、小さいタオルと手鏡を持っていました。
タオルで涙を拭き、鏡で自分の顔をチェックします。
泣き顔がひどい時は「顔がイヤだからゆっくり行く」というように。

「サツキが見えなくなるまでずっといてね。先に帰らないでね」
振り返りながら登校していきました。

少しずつ落ち着いて、別れる場所も手前になってきて...
「ママ、明日から来なくていいよ」と言ってきたのは、
近所の仲良しMちゃんが、同じ小学校に入学したからです。


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抱っこ法の先生に相談
寝る前にサツキを膝に乗せ「今日1日頑張ったね」と抱っこタイム
夜中に突然、泣き叫ぶことも度々
↑夜驚症(やきょうしょう)、分離不安障害をネットや図書館で調べました
by yotsuba0623 | 2010-01-07 01:01 | 不登校以前