カテゴリ:不登校以前( 17 )

サツキが飼い始めたハムスターのレモンくんをみて、
メイもハムスターを欲しがりました。

メイの誕生日は先月末で、過ぎたばかりですが、
毎朝ひとりで登校していて「気持ち悪い」と言い始めていた頃でもあり、
「頑張って行っているね、これからもね」
と応援する意味で飼う事にしました。

ペットショップで何匹か手に乗せ、おとなしそうな子を自分で選びました。
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「名前、何にしようかな~」
すぐに決めずにゆっくり考えることにしたようでした。





「ママ、目が怖い...」


次の日の朝、メイが私に言った言葉です。

サツキが休んでいて、さらにメイが行かなくなってしまったら...
それはどうしても避けたい事でした。
ここ数日のメイの様子から、不安が顔に出てしまっていたのでしょう。

これではいけない、笑っていなくては。
そう思い直して見送ろうとしましたが...

メイはランドセルを背負ってドアを出てすぐ、
「気持ち悪い、吐きそう」
そういって部屋へ戻り、うずくまり動かなくなってしまいました...

夫はこの日は外出。
私はカウンセリングの日。
少し落ち着いた頃に聞いてみました。

「お母さんは出かけるけれど、サツキと留守番できる?」
「ううん、できない」
「一緒に出て、そのあと大丈夫だったら学校へ行こうか」
「うん」

ランドセルを背負ったメイを連れて、カウンセリングへ行きました。
話しを聞いて下さるのは30歳くらいの女性、場所はゆったりした喫茶店。
大きなテーブルの端で私は小声で先生と話し、
少し離れて座ったメイはハムスターの名前をずっと考えていました。


先生とお別れした後、小学校の前を通るバスに乗りました。
私が「さあ、降りよう」と言っても、メイは首を横に振るばかり。
窓際に座って、通り過ぎる小学校を目で追うメイ。

「今は行けないの。ずっとあとになったら行くから」


そして本当に、この日から完全不登校となりました......
by yotsuba0623 | 2011-01-20 01:01 | 不登校以前
  
メイは、ずっと行き渋っていたのが嘘のように、朝から登校していました。

病院へ行って遅刻したのが1日と、
公園の入り口まで自転車の後ろに乗って、そこから走って行ったのが1日...


学芸会の練習を楽しんでいました。

2年生の劇、メイは「雲」の役でした。
体育館の両側の高い通路に立ち、そこからセリフを言っていました。
それも誰よりも大きな声でハッキリと!

?? これがメイ ??

舞台で歌って踊るのも、物怖じせずに笑顔いっぱいでした。
それには担任の先生も驚いていました。
予想外の(?)元気な姿が見られて嬉しかった...


12月始め、私が腰を痛めて寝ていた時はあやとりを一緒にしました。
ひとりあやとりもすぐにマスターして、
本をみながら複雑なことも出来るようになっていきました。
その頃ちょうど学校で昔遊びの時間もあり、メイは「あやとり名人」に。

そんなことも登校に結びついていたのかもしれません。

ー*-*-*-*-*-

でもこの後すぐ、担任の先生が体調をくずされ、急きょお休みすることに。
代わりに担任となった先生は、怪談話が好きな先生でした。

学校から帰ってきて、ピンポンするようになりました。
「ママ、怖いから下まで来て」
わが家はマンションの3階です。
「話しを思い出して怖くて一人であがれない」

ー*-*-*-*-*-

そしてこんな事も...

「ねえ、サツキはなんで学校に行かないの?」

たびたび私に聞いてきました。

「身体が調子悪いの...」
「本当にそうなの?」

夕方まで寝ていて、夜は普通に過ごしていたサツキを、
メイはどう見ていたのでしょう。
by yotsuba0623 | 2010-12-23 01:01 | 不登校以前
   
1週間は薬を飲みながら朝から登校できましたが、
徐々にまた起きられなくなっていきました。

「お腹が痛い」
「学校に行きたくない」
行けたとしても、給食の時間から、6時間めからと遅くなっていきました。


そんな中、12月に入って、私がギックリ腰になってしまい数日寝たきりに...
サツキが学校に行けそうな日もありましたが、
「お父さんには送って欲しくない」と言うので結局お休みになったり、
私の腰が少し良くなってから、タクシーで登校したことも何度かありました。


お休みしてしまった日の夜は、担任の先生が電話をかけて下さいます。
サツキが電話に出ることが出来たり、出来なかったり...
明日の登校を約束できた日もありましたが、そうでないことも。

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メモから

C先生 何しているの?
サツキ 本読んでます
C先生 友達のこととか考える?
サツキ はい
C先生 勉強とか嫌い?
サツキ いえ
C先生 友達とか何か?
サツキ いえ、べつに
C先生 家から出たくない?
サツキ ・・・・・ポロポロと涙を流し、受話器を私に渡して部屋へ...



12月中頃、お休みが続くようになりました。
そんな中、一度金曜日の帰りの会ギリギリに登校した事がありました。
ちょうど受けなければならないテストが溜まっていたようで、
そのまま居残りになり、数枚のテストを受けて疲れて帰ってきました。

週が明けて、10時ころに起きてきたサツキが、
「お母さんごめんなさい、学校に行けません」
私に向かって頭を下げました。
顔をあげた時に、サツキの頬を涙がひと筋……





これが不登校?
自分の娘が不登校に?

腰を痛めた時に、ネットで不登校の本を何冊か購入して読んでいました。

サツキは大丈夫、
少し休めばまた学校に行けるはず......
不登校ではない……私はそう思っていました。
by yotsuba0623 | 2010-12-22 01:01 | 不登校以前
  
学芸会が終わってから...

朝「お腹が痛い」と言った後、深く眠ってしまうことが多くなりました。
10~11時頃声をかけると苦しそうに起きて、元気なく学校へ向かいます。

自律神経系の病気?
規律性調節障害?
親戚に、そう診断された人がいて、症状が似ていると感じていました。
規律性調節障害の本を読み、著者の方のHPを見ました。
そこには全国の相談できそうな病院が紹介されています。
バスや電車で行ける病院をいくつか検討し、サツキと一緒に行きました。
選んだのは小さな個人病院。私達と同じような母娘の姿もありました。

診察時、サツキは先生の言葉に頷く、首をふる等で答えて、
「学校へ行きたい」とだけ、言葉で伝えていました。
本で読んでいた「起立試験」はありませんでした。
「鬱っぽい。学校へ行きたいと思っているなら、薬の力を借りてみよう。
 心配しなくていいです。ほんとに弱い薬だから」
処方されたのは、抗うつ剤、血管を収縮させる昇圧剤、睡眠導入剤など5種類。HPに病院の名前があがっている…それだけでしたが、疑うことはしませんでした。少しここに通って様子をみてみよう。そう思いました。

サツキはそれらの薬を一回分ずつケースに小分けして、大事に持ち歩いていました。まるでそれをお守りにしているように……
決められた量の薬を飲みながら、それから1週間は普通に登校。
社会科見学にも参加することできました。


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メモから

社会科見学から帰った夕方、スクランブルエッグを作ろうとしていたサツキ
そこへ、外出していた夫が帰宅しました。
「ちょっと待てよ、すぐに○○作るから!
 それに卵使い過ぎだよ!朝、食べただろう?」
「だって、夕ご飯のおかずで作るんだよ。
 お母さんもメイも食べると思ったから作るのに、もういい!!」

「お父さん、イヤ!!!」
そう訴えることばかりでした。
by yotsuba0623 | 2010-11-27 01:01 | 不登校以前
   
「お父さん、イヤ」そう言って泣いていましたが、
それが少しずつ変わっていきました。


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11/11 メモから

サツキ イヤなの!○時だよって言われるのがイヤ!
夫   何がイヤだ!起きられないから教えてやっているのに
サツキ イヤなの!
夫   ○時だ起きろ!とは言っていないだろ!
    ○時だから起きましょうって優しく言って言ってるでしょ?
サツキ それがイヤなの!
夫   さっぱりわからん


11月19・20日に学芸会があります。
それには楽しく臨んでいる様子でした。
遅刻する日もありましたが、休まず登校していました。
ピアノの伴奏も1曲担当するので練習をしていました。


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11/19 メモから  学校から帰ったサツキに

夫   早く宿題やれよ!帰ってから何もやっていないだろう!
私   少し休んだら自分でやるから
夫   出来るわけがないだろう!言わなくちゃ何もやらないよ
私   やらなければ困るのは自分、サツキはちゃんと出来るんだから

────食事の後、宿題をすませお風呂に入り...
サツキ お父さんと一緒にテレビみるのイヤだ 
夫   どうして?誰のテレビだと思っているんだ!
サツキ 一緒になんて見たくないの!ひとりで見たいの!
夫   だったらオレが見るからサツキが寝ろよ
サツキ ヤダ!
私   一緒に見たいなら、そう出来るように接すればいいのに...
夫   もういいよ、勝手にしろ!どうしてオレが引くか分かるか?
私   明日、学芸会だから
夫   そうだよ!


学芸会、5年生は劇を3クラス全員で演じます。
サツキは黒いシスターの衣装がよく似合っていました。
私は、客席中央にあるピアノのすぐ後ろにいて、
サツキの演奏も近くで見ることができました。

クラスメートと楽しそうに笑っていたサツキ......でもこの後に...




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市の教育相談
家を1週間出て、帰った直後に相談室へ行きました。
顔が違いますね。ゆっくりできる時間があって良かったですね。
よつばさんが居ない時に、三人ともすごく頑張っていたのでしょう。
サツキちゃんは分かりやすいです。まだ甘えたい、癒されたいんでしょう。
甘やかすと甘えさせるのは違います。もっと甘えさせてあげても良いのでは?
(当時は良くわからずに聞いていたのかもしれません。
 今、メモを見てこのように言われていたのかと驚いています)

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友人の紹介で、臨床心理士を目指して勉強中の大学院生(女性)に
話しを聞いていただくことになりました。
自分の辛い状況と、娘たちのことを話しができ、
夫に、友人に話せないことを、聞いてもらえる…
「こうしてお茶を飲みながら定期的に会いませんか?」
と言って下さるだけで有り難かった…
夫にはカウンセリングに行くと言って家を出ていました。
私は、夫こそカウンセリングに言って欲しいと思っていました。

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この頃、私の体調は良くありませんでした。
漢方を出してくれる病院へ通っていました。
肩や首の凝りが常に酷く、頭皮がグッと固くなる感覚があり、
近所のマッサージにも良く行きました。
by yotsuba0623 | 2010-11-20 01:01 | 不登校以前

私は仕事で徹夜する生活がずっと続いていました。
身体も心も疲れしまって、余裕など全くありませんでした。

月曜日の朝「起きられない、お腹が痛い」と言い続けるサツキ。
この朝、メイも同様でした。


私は、横になっているサツキの上に馬乗りになって肩を強く揺すりました。

 どうして起きられないの!
 何かイヤな事があるなら言って!

そう言って、サツキを責めました。

 何かあるんでしょ?
 あるなら言ってみて!!!

さらに肩を強く揺すりました...


「お母さん、イヤ」


私から顔をそらし、涙を流しながらサツキは言いました。


 そう、イヤなんだね
 お母さんも疲れた

毎日ほとんど寝ていない上に、毎朝、学校に送る生活
教室に送り届けた後、あふれる涙を拭きながら帰る日々
夫とは、何度か話しをしましたが具体的には何も進みません
すぐにでも離れたいのに、仕事に追われていました
もう限界......


 お父さん、何日か実家に帰っていい?
「・・・いいよ。」
 ではお願いします...

「ほら、お前らが毎日毎日、ちゃんと行かないからイヤになったって」
「お母さん、しばらく○○に帰るって」

バッグに着替えを入れ、パソコンを持ち、
出かける準備をしている私のすぐ後ろをずっと付いて歩いていたメイ。
「一緒に行こうか」
そう言いそうになるのをグッとこらえて、ひとりで思い切って家を出ました

しばらく家から離れて気持ちを落ち着けたかった。
広い空の下で深呼吸をしたかった...


午後、夫から電話がありました。
「ふたりは学校に行ったから」

 ......そう、そうだったの。ありがとう。
 でも、二人のせいで私が実家に行ったっていう事にしないで

「わかった」



その後、二人は朝から登校する日が続きました。
「今日もちゃんと行ったから」と、毎日夫から連絡がきました。
私は週末に一旦帰り、体操服などの準備をすませて、また実家へ戻りました
果たして月曜日に行くかどうか...

行きました。

ずっと続いていた月曜日の遅刻やお休みが嘘のように...
結局、私がいない一週間、二人は朝から登校して行きました





私が実家から帰った次の日は、
メイは朝から登校。
サツキは起きられませんでした。

「お父さんの起こし方がイヤなの」と、泣いていました。

声のかけかた、起こしかた。
私が留守の間、ずっとこうやっていたの...?
夫は極力優しく穏やかに、怒鳴らないようにしていました。


私が家を離れたことは、メイには何故か良いきっかけになり、
サツキにとっては不登校を早めてしまったのだと、後になって思いました。
by yotsuba0623 | 2010-11-01 01:01 | 不登校以前
    
1学期は家と学校のトイレにこもっていたメイでしたが、
2学期になると「行きたくない」と言って泣くことが多くなりました。
なんとかランドセルを背負わせて、自転車の後ろに乗せて行きました。

でも、校門で動きません。動いたとしても、その先の玄関でまた動かない...
先生に迎えに来ていただくことが増えました。


*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・⌒・*・⌒・*
その頃のメモです

9/1日  行きたくないと泣く
2日  泣く サツキ休み
3日  今日も行きたくないと泣く
6日  校門から動けず サツキ午後から
7日  校門手前でバイバイ
8日  公園でバイバイ
9日  交番でバイバイ
14日 遠足
〜16日 Yちゃんと行ってくれた
17日 遅刻
21日 3時間め〜 サツキ休み
22日 1時間め途中から父と 
24日 1時間め途中から サツキ給食〜 朝二人とも父と言い合いに


この後も、同じようなことが続きました。

腹痛→病院へ「学校へ行きたくない」と言うので→家へ→給食から登校
という日もありました。

でも、行ってしまえば笑顔で帰ってきます。
とにかく行かせなければ、と思っていました。


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市の教育相談
担当は私よりも少し若い女性の方でした。
娘達の今まで事を話し、夫とのことも話しをしました。
ゆっくり話しを聴いてもらえるだけでありがたいと思いました。
「何か気を付けることはありますか?」の問いに、どうすべきと指示は出ませんでしたが「今のままで」か、最後に以下のようなことを言われました。
9月  別々に暮らすことが決まってから、ふたりに伝えた方が良いです。
    不安を与えないように。
10月 体調が悪いことを疑わず、本当に悪いのだと受け止めてあげて下さい
曜日を決め、一週おきに通い始めました。
by yotsuba0623 | 2010-10-31 01:01 | 不登校以前
   
北海道から帰った次の日の始業式は普通に登校。
でも、次の日は体調不良を訴え、遅刻していきました。
週明けには必ずお腹や頭が痛いと遅刻するようになり、時には休む事も...
夜中に激しい腹痛を訴えることも増えました。

塾の宿題は相変わらず手につかない感じですが、休まずに行っていて、
近くの中高一貫校の文化祭や公開授業を見に行きました。

そんなある日、
「合唱団、友達と二人で一緒にやめようと思って話しているけど、
 先生(音楽の)が認めてくれないの。
 何度も職員室に呼び出されてしつこく何でやめたいか聞かれるのがイヤ!
 お母さん、手紙書いて」
と言ってきました。

体調が良くなかったので、辞めることを認めてもらえるよう書きました
数日後「先生に手紙を渡したけど、読まないで返してきた」と言います。

後日、泣きながら帰ってきました。

一緒に辞めようとしている友達や、他の子に電話で聞いてみたところ、
ピアノの伴奏のことで、皆の前で先生に厳しい調子で言われ、
先生を睨んだあとに泣いて帰ったと......
担任の先生と、その後音楽の先生と話し、合唱団を辞めることにしました。

書き方とそろばんも辞めました。
でも、ピアノとモダンバレエは続けていました。
by yotsuba0623 | 2010-10-29 01:01 | 不登校以前
   
夏休みに入ってすぐに、市の子供相談へ行きました。
初回は報告のみ。新学期、二人がどのようにスタートするか様子をみてから
というので9月の2週めに予約を入れました。

サツキは、夏休み早々に合唱団の発表会へ、
市のダンスイベントにモダンバレエ教室全員で参加しました。
塾の夏期講習へは、予習と宿題をせずに通っていました。

メイは時々、夫と遊園地のプールへ行って1日遊んでくる他は、
クラスメートと数日遊び、習い事(ピアノ・書き方・ソロバン)へ。
人形遊びが大好きで、時々赤ちゃん言葉が出るのが気になりました。

夫は体調が悪いのに暑い中でも外の作業し続け、
家ではイライラを爆発させていました。

私は夫に「別々に暮らしたい」と何度か伝えましたが話し合いにはなりません。たとえ話し合えたとしても結論が出るようには思えませんでした。
このままではいけない、生活環境を変えなくては苦しいまま……
市の女性相談など、相談できそうなところ数カ所に足を運びながら、
サツキとメイと私の3人で暮らせる部屋を探し始めました。
学校の近くをネットで探して、良さそうなところを外から見たり、
実際に、中を見せてもらった物件もありました。
仕事、夫・娘達のこと、そして部屋探し……
この年の夏休みの写真は、伊勢旅行・私の実家の他にほんの数枚のみ。
スケジュール帳も8月は真っ白で、その他の出来事を思い出せません。

私は夫から離れることばかり考えていたように思います。

以前から義母はサツキに「5年生になったら飛行機に乗せてあげるね」と
約束してくれていました。そして「家族で北海道旅行へどう?」と...
チケット4枚を受け取っていましたが、私はとても行く気になれず、
メイと留守番する事にしました。サツキは「行く」と言います。
夏休み最後の3日間の旅行に、夫とサツキ(義母と姪が同行)を送り出した後、私はメイと一緒に抱っこ法の先生のところへ相談に行きました。
この頃は、外出先や帰宅時間を細かく夫に告げなくてはならず、気軽に外出できなかったので、夫が留守のこの時しかないと思っていました。
いつまでも幼さが抜けないメイを見てほしいのと、もはや友人には相談できないわが家の状況を、聞いていただきたくて。
メイは自分の考えを表現しているから大丈夫と言われ、安心しました。
そして帰る時間を気にせずに、ゆっくり相談することができました。
夫の居ない3日間、メイとのんびり過ごせた3日間。
ここにサツキがいたなら……これこそ私が望んでいる生活……

31日夜遅くに、夫とサツキは帰ってきました。
サツキからのお土産です。

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by yotsuba0623 | 2010-08-31 23:59 | 不登校以前
   
シーカヤックで出会い結婚した私達は、日本全国の海へ出かけました。
海へ出るか出ないか、先に進むかどうか、その時の海の状況で判断します
「行けるよ!」とイケイケな私。
「いや、止めておこう」と夫。
万が一、ひっくり返ってしまった私をレスキュー出来るかどうかで判断していた夫。その判断は信頼できるものでした。
私は会社を退職し、フリーランスになりました。
自宅での仕事も上り調子で多忙でしたが時間を作って海へ出かけました。
夫は結婚後、パソコンで出来る仕事へ変更。
作品作りと売り込みを繰り返し、少しずつ依頼が増えていきました。
数年後、私は仕事 + カヤックで無理がたたって腰を壊してしまいます。
腰痛が落ち着いた頃にサツキがお腹の中に…

その頃からです、夫が変わってしまったのは。
心配症が前面に出てきました。
サツキが誕生すると、それはもう喜んで。
でも「清潔」にとても神経をとがらせます。
サツキと実家へ帰った時、両親と遊んで笑顔いっぱいだったのに、
後から来た主人が「あれを触っちゃダメ」「これは口にしてはダメ」と
言い続け、サツキは泣いてばかりに……
私を縛り付け管理しようとして思い通りにならないとすぐに怒鳴りました
俺がイヤだから、俺が心配だから、オレが、オレが!!!

「何故こうなのか…」疑問に思いながらも、私は自分の仕事とサツキと、
まもなく生まれたメイの事で精一杯でした。
市内の環境の良いマンションへ引っ越し、心機一転。ここで頑張ろう!
そう思っていましたが、夫はマンションの環境クラブに参加、
そちらに没頭していきました。
土日は会合へ、平日は芝生の草むしりと池の掃除(ボランティアです)。
芝生に自転車で入った子どもを怒鳴り、小川に入った子どもにも同様に。
家の中でも些細な事ですぐに怒り出し、家族にあたってきました。
食事中、誰かの些細な事に苛立ち、自分の箸を投げつけ怒鳴り、
ドスドス歩いて自室へ。気持ちを落ち着けて戻ってくるけれど、
次は別なことに怒ってまた自室へ、真っ赤な顔で何度も行ったり来たり。
「夫は、何故こうなのか…」

私の仕事は忙しく〆切りに終われ、土日の休みもなく徹夜ばかりでした。
娘達の登校が不安定になり、夫とのことも頭から離れることはなく、
なかなか仕事に集中できず「ミスが多い」と指摘されることも度々。
夫の仕事は少なく、経済的な事も娘達も私の肩に乗っている状態に。
家計がどうなっているか聞いてほしい!そう持ちかけても、
「オレを非難するのか」と耳を塞いで、私に背中を向けました。

私はもう、夫の前では笑えなくなってしまいました。
廊下を歩く足音すら嫌になり、夫の存在が重く苦しくて苦しくて……
これ以上、一緒に生活できない。
娘達を連れてここを出よう!
学校の近くに部屋を借りて、まずは夫から離れて暮らしたい!
そう思うようになりました。
by yotsuba0623 | 2010-07-22 00:00 | 不登校以前